挙動不審の男
 
石川 啄木
 
 
 
 門を出れば七人の敵ありとは昔からの言草なるが、家の内にも飛んだ曲者の忍ぶ事珍らしからず。殊に北海道は皆流込者の寄合所、油断のならぬ事此上もなし。飼犬に手を噛まれぬ様御用心/\。茲に青森県西津軽郡越道村字下福原七十九番地、平民総吉四男山谷権助(二二)といふ奴は、何日の頃よりか当港に流れ来て舟仕人足となり、手宮裡町畑九番地労力請負人高木長作方に厄介になり居りしが、去る十七日午後一時頃同家家人の不在に乗じて、台所戸棚の押出に入れありし銀側時計一箇及び現金壱円を盗み出し、札幌に高飛して時計は売飛ばし四日許り滞在して、廿一日帰樽、稲穂町の桂庵菊地某の手を経て夕張炭山の人夫に雇はるゝ事となりしが、ヅウ/\しくも様子如何にと前記高木方に行きしに、同家にては毫も権助を疑ふ様なく以前と変らぬ待遇振なれば、盗人猛々しくも可い事にして、夕張へ行くに旅費に困るからとて金三円を借受け、天祐とは此事なるべし極上上首尾と雀躍(こをどり)して、一昨日午後二時頃停車場に駆けつけ札幌行の汽車に乗らむとして徘徊中、挙動何となく不審の角隠し難く、菊地巡査の手に捉へられて取調の結果、遂々前述の如く白状に及びたれば、早速検事局送りにて幕となる。今頃は嘸臍を噛んで後悔みして居るなるべし。
 
 
(小樽日報 明治四十年十月二十四日・第三号)

 

  底本:石川啄木全集 第8巻
    筑摩書房
    1979(昭和54)年1月30日初版
 

  入力:新谷保人
  2005年10月24日公開