小高草影
巷(ちまた)を見れば夕ぐれの
時雨(しぐれこゝち)のあとのしめやかさ
傘(かさ)をすぼめて行(ゆ)く人の
鬢(びん)をかすめて蝙蝠(かうもりこゝち)は
たそがれ時(とき)をききと啼(な)く
雲行(くもゆき)しげき空見れば
隠れつ出(い)でつ山の上(へ)の
夕星(ゆふづつ)こそはかなしげに
病(やまひ)ある子の眼(め)の如(ごと)く
青き光に瞬(またゝ)きぬ
ともり初(そ)めたる軒々の
燈火(ともしび)の影はかなげに
行(ゆ)く人々の肩(かた)痩(や)せぬ
ああかかる時故(ゆゑ)もなく
世を憂(う)く思う我が涙かな
[小樽日報 明治四十年十月二十三日・第二号]
※テキスト/石川啄木全集・第8巻(筑摩書房 昭和54年) 入力/新谷保人