貸家の昨今
 
石川 啄木
 
 
 
 小樽の貸家賃の滅法高い事は内地でさへ能く例に云はれて居る位なるが、之は他に比較もならぬ程急激な膨脹をなしつゝあるが為め入込む人のみ多くして之を収容すべき家屋なき現況(ありさま)なれば致方(しかた)もなしとして、殊に函館の大火以来は何百戸といふ焼出され其が一時に溢れ込み当座は殆んど区内に一軒の空家もなく、従って家賃の騰貴著るしかりしも昨今に至りて鞘々常態に復し、函館に帰り行く人も日に二三戸平均にある事なれば方々に貸家札目につく様になりたるが、欲深い家主共が一旦上げた家賃を下げる気がないので容易に借手付ず、表面威張っては居れど内々困って居る由なり。
 
 
(小樽日報 明治40年11月7日・第15号)

 

  底本:石川啄木全集 第8巻
    筑摩書房
    1979(昭和54)年1月30日初版
 

  入力:新谷保人
  2003年11月5日公開