小樽に残る田上ハウス・番外
旧小熊邸(札幌)
 
Northern songs 2002年5月1日号
新谷保人
 
 
 今日たまたま札幌の「旧小熊邸」に行く機会があって、初めて田上建築の内部に入ることができました。「小熊邸」は、札幌市民のねばり強い保存要望運動が実って、現在(1998年〜)、市内の藻岩山の麓、ロープウェイ乗り場の隣で「ろいず珈琲館」として再生されています。いや、なかなか、感動の内部でした。
 第3回として見晴(みはらし)町の「坂(ばん)邸」をとりあげようと考えていたのですが、少し予定を変更して、番外の「旧小熊邸」を間に入れてみます。
 

(写真は前回お世話になった「暮らし上手さん登場」HPよりの引用です)
 
 
 「ろいず」にあった「旧小熊邸」解説パンフレットから「田上義也年譜」の1923年〜1928年、最初の5年間を書き写してみます。たぶん、これで「旧小熊邸」の重要さがわかるのではないか。
 
       田上義也年譜  (1998年現存作品)
1923年
1924年

1925年

1926年


1927年

1928年


 
(関東大震災)北海道へ渡る
道北、道東、国後島遍歴。 北光トリオ結成演奏会。
バチュラー学園(札幌)
田上義也建築作品展覧会(札幌時計台)
高田邸(小樽)
* 高松邸(計画案) アパートメントハウス(計画案)
北都に建つホテル(計画案)
百円の家(札幌) 関場邸(札幌) 自邸・アトリエ(札幌)
北大五十年祭記念装飾(札幌) 国産振興博覧会豊平館食堂(札幌)
札幌市医師会館(札幌) 札幌第一農園(札幌)
小熊邸(札幌)
 坂牛邸(小樽) 金子邸(札幌) 坂邸(小樽)
日本基督札幌北一条教会(札幌)
第2回田上義也建築作品展(札幌丸井記念館)
吉田邸(札幌) 佐田邸(函館)
* 沢枝邸(札幌) 東邸(旭川)
上田邸(小樽)
* 松岡農場事務所(和寒) 亀屋本店(札幌)
 
 北海道へ渡って来てあちこちさいはての地を遍歴していた時代…、建築事務所を構えたけれどなかなか仕事が来ない時代…、売れ出して、札幌だけじゃなく道内各地から注文がやってくる時代…などがメリハリよく描かれています。ここからいろんなことが見えてきます。
 
@まず、「高田邸」が、さまざまな意味で、田上義也が北海道で建築家としてやっていけるかどうかの試金石だったのだということがよくわかった。「バチュラー記念館」は、いわばバチュラー博士への一宿一飯の恩返しですからね。その点、「高田邸」は、プロの建築家として契約をとって行った最初の仕事なわけですから気合いの入りかたがちがいます。その第一号作品が、現役の民家として小樽に残っている!ということの凄さ。まさに奇跡としか言いようがない。
 
Aさらに、その「奇跡」について。田上義也の「民家」作品を「小樽/札幌」に分けて列挙してみます。茶色が1998年現在で現存している作品。青色が現存していないもの。
 
小樽
札幌


 
高田邸(1925) 坂牛邸(1927) 坂邸(1927) 上田邸(1928) 瀬川邸(1930)
関場邸(1926) 田上邸・アトリエ(1926) 
小熊邸(1927) 金子邸(1927)
吉田邸(1928) 沢枝邸(1928) 鬼窪邸(1929) 後藤邸(1930) 安部邸(1930)
城下邸(1930) 太秦邸(1931) 相内邸(1934) 吉町邸(1935)
 
「小樽」は、上にあげた5点が、今のところ田上作品の全てです。(前回「3点」と書いたのですが、まだまだありました。今後も増えるかもしれません…) じつに、その内の4点が残っている。それに較べると、残念ながら「札幌」はかなりの数が失われている。「民家」だけでも半数以上が無くなってしまったわけですが、これに「札幌市医師会館」のような大建築を加えると消滅の度合いはもっと深くなる。うーん、深刻。
 
Bこの内、内部を見ることができる田上作品は、「民家」「大建築」合わせても次の3点だけではないでしょうか。
 
小熊邸(1927)………現「ろいず珈琲館」(札幌市中央区伏見5丁目)
相内邸(1934)………現レストラン「アン・セルジュ」(札幌市中央区南1西28)
北見郷土館(1936)現「網走市立郷土博物館」(網走市)
 
特に「旧小熊邸」は、小樽の「高田邸〜坂牛邸〜坂邸」といった初期作品群の流れの中でほとんど兄弟のような作品なのであり、それの内部を見ることができる幸せを私は今噛みしめています。ロイズの美味しい珈琲を飲みながら… これを幸せと呼ばずして何と言おう。
 
 では、さっそく、内部を…
 
 
 上の写真でいちばん手前に張り出している棟は小熊邸の「応接間」。それを内部から見たのが下の写真です。内部から見ると、いっそう「壁」というものが存在しない状態であることがおわかりになるでしょう。全面、「窓」…
 
 
 「寝室」だった部分でも、かまわずこの調子で貫きます。光、燦々…凄い…
 
 もっと凄いのが下の写真。これは2階の「アトリエ」部分なのですが、ちょっと見た目には、外に向かって窓が一枚あるだけに見えるでしょう。でも、ちがうんです。手前の四角い形の「窓」と、奥の将棋の駒のような形をした「窓」との間には、1階へ降りてゆく階段があるのです。?…… つまり、こういうことです。田上義也は、家の中にさらに「窓」を作ったのです! 普通なら壁で仕切ります。あるいは、外の光を通したいのなら、邪魔にならないように低い手すりなどを置けば済むことなのです。でも、田上の美学はそれでは満足しない。なんと、部屋の中に「ガラス窓」を作っちゃうのですね!いや、これには驚いた。田上の、光に対するこだわりは凄い…
 
 
 北大の角幸博・大学院助教授によると、この「小熊邸」などを造った「1927年」という年は、戦前の田上義也の制作活動が最も充実した時期、「彼の真骨頂だった」時期のようですね。たしかに「小熊邸(札幌)〜坂牛邸(小樽)〜金子邸(札幌)〜坂邸(小樽)〜日本基督札幌北一条教会(札幌)」という流れは凄い。
 前回紹介した『北へ…』(北海道新聞社発行)には、「北一条教会」の内部の写真が載っているのですが、これも、まあ、ため息が出るような美しい内部です。高校生だった時、毎日通学のバスの窓から(1979年にリニューアルした方でなく、古い方の)この教会を見て過ごしましたけれど、中もこんなに美しかったとは! 教会ですから、富岡のカトリック教会みたいに、年に何回かは日を決めて一般公開したりもするのではないかと思います。そういうチャンスがあったら、内部をぜひ見てみたいものですね。
 
 同じく、角助教授によると、田上義也が設計した建築物は、戦前で約170件、戦後で600件超、合わせて800件近くにのぼるそうです。その大半は道内での仕事だそうで、まだまだ、埋もれた「田上」作品がこれからも出てくる可能性がある。嬉しいですね。北海道を旅している時、思わぬところで「田上」の作品に出会ったりする可能性がまだまだあるわけです。喫茶店やレストランばかりではなく、「ユースホステル」などに変身している作品も数多くあるそうです。このホームページを見ている方で、もし心当たりがありましたら、ぜひご一報を。待っています。
 
 
 
 
■やっぱり網走は遠いなぁ… 連休の中日、小・中・高校生が学校に行ってる4月30日〜5月2日のどこかで、網走までひとっ走り、「北見郷土館」に行ってみようかとも思っていたのです。でも、朝、なかなか気力が湧いて来なくてね。朝のスタートで躓くような毎日が今年は続いています。現「網走市立郷土博物館」。円形ドームの、なかなか雰囲気ある建物です。こういうレトロな外観で、内部ではバリバリ「ほっかいどうの図書館」情報ネットワークの発信基地なんかだったりしたらカッコいいだろうなぁ。
 
 
■今年の「道の駅」スタンプ・ラリーが始まってしまった。あらあら… ちょっと「ふうーん」と感じたのは、「道の駅」の数が去年と同じ70駅だったこと。増えてないんですね。「平成12〜13年度開設予定」だったのに、今年度になっても計画が実行されず宙ぶらりんのままの市町村がずいぶんある。行政が滞っているのだろうか。行政も疲労しているのだろうか。心配ですね。
 
■10周年だから「スタンプ・ラリー」に加えて今年は「キーワード・ラリー」もあるぞ!というのがダサい。北海道人の仕事って、いつもこんな感じでダラダラ仕事の数や手間を増やして行くような印象がある。「スタンプ・ラリー」のスタッフに加えて今年からは「キーワード・ラリー」のスタッフも必要だという仕事のやり方、もうお終いにしません… 何年も前から言っている私のアドバイスを受け入れろよ。(笑) 
 
■私の提言。それは「毎年スタンプを替えろ」という一言。10年相変わらずのダサいスタンプを止めて、シーズン開幕時に「今年の新作」を出せ!ということ。100年変わらずの「たら丸くん」スタンプを今すぐ捨てて、「たら丸くん2002」スタンプを出してこい!ということなのだ。「たら丸くん2001」と「たら丸くん2002」がちがうのなら、私は今年も「道の駅いわない」に行くのですよ。2002年の全駅制覇に向かうのですよ。だって、スタンプのコレクションが2001年とはちがうのだから、どうしたって集めないわけに行かないじゃないか。私はスタンプ・マニアなんだから。
 
■スタンプの制作代金、1個3000円。×70駅。締めて21万円です。わずか「21万円」で、去年と同じか、去年以上の何百万人もの動員力が望める。新しくマニュアル変更をする必要もない。新しいセクションの人件費や事業費を用意することもいらない。でも、これが、究極の「構造改革」なんですよ。物事の価値観をがらりと変えてみせる…という。2億円かかる仕事を「21万円」でやってしまう…ということ。そういうのが「仕事」。そういうのが「能力」。<新谷>