藻しほ草 (八) (啄木撰)
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高田紅花
蜘蛛の糸こそかゝれ我が胸の息の刻みの絶えなむほどに
野漆の血の色あかき葉を翻へし秋ゆく丘の午さがりかな
ともすれば人を妬みぬ醜草の芽を刈るめぐし少女あらねば
雪の磯動かぬ船の帆檣の影あざやかに月はのぼりぬ
霙夜や下町の灯は泥濘に影こそしづめゆく人もなし
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新人
神無月にびいろ雲の下ひくゝ白額平ぶ後志の山
夏木立水の声きゝ草枕せばうつゝともなし深き木の香に
八百万神々かけてわすれめや歌のかず/\御名の七文字
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吉野花峯
ゆめかあらず現かあらず紫の靄の野をゆく酔心地して
我まどふ一夜は君がみ情に一夜は神の崇きこゝろに
御手づから君つちかひし我が庭のしら菊咲けり誰とかも見む
[小樽日報 明治四十年十二月十日・第四十二号]
※テキスト/石川啄木全集・第8巻(筑摩書房 昭和54年) 入力/新谷保人