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花峯
相見てはいふべき事もわすれぬとややありて云ふ美しき人
云はむとして云ひえずあはれ我が唇(くち)も用なしただに薫(かほ)る息する
潮(しほ)ひいて海せばまりぬ藻(も)をやけば日こそ落ちぬれ砂山舟(すなやまぶね)に
新人
病みぬれば乱れはてにし我が髪に白き薔薇(ばら)ちる秋の夕ぐれ
何ものか戈(ほこ)とりわめきらうがはし戦ひすらし我が胸に居て
春の夜(よる)はものぞなつかし香(かう)たいて古き文(ふみ)などとり出(で)ても見ぬ
[小樽日報 明治四十年十一月二十六日・第三十号]
※テキスト/石川啄木全集・第8巻(筑摩書房 昭和54年) 入力/新谷保人