藻しほ草 (六) (啄木撰)


          ○

                    庄内渓月

時雨(しぐれ)して夕日うするる岡の()障子(しやうじ)にうつる干柿の影

たふれたる(まがき)の菊をおこしつつ野分(のわき)のあとの月を見るかな

さびしさの心まどひか袖払ふ人のれはひす雪の夜の(かど)

こともなくほほゑみありし我が君にやつれ見ゆると喜ぶ日かな

我が(うれ)ひたえぬ涙の地に落ちて咲きかも出でしあはれ露草(つゆぐさ)

          ○

                    実相寺一二三

秋の丘黄金の鎧まばゆくも夕日匂ひぬ銀杏樹(いてふじゆ)の影

髪すけば落髪に泣かぬ悩ましく老を知日(しるひ)の雲白き窓

秋の雨こゝろ湿(しめ)らうさびしさに籠の鸚鵡は君が名を呼ぶ

耳のほとりわが名呼びます優声(やさごゑ)も枕にとほし秋の夜の雨

          ○

                    高田紅花

西の空(しゆ)のあげはりを引きはえて入る日の国の君をこそ思へ

さびしみの深き空ゆく秋雲のみだれをながめ心うつるも

ゆゑもなく春野をめぐりゆゑもなく君が名よびし昔こひしき

秋の日は新墾(にひばり)野路(のぢ)のひとつ()(にれ)大木(おほき)夕映(ゆふばえ)のして

秋の水()に鳴きはしる川おもに白雲しづむ心うごかず

今日もまた夕べとなりぬ我が心なぐさむ知らず故郷を思ふ

秋の雨夜の香つめたく細る灯に面影うつる名をよびてみぬ

 

[小樽日報 明治四十年十一月十日・第十八号]


※テキスト/石川啄木全集・第8巻(筑摩書房 昭和54年) 入力/新谷保人

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