藻しほ草 (一)
高見青風(小樽)
月夜よしいざと手をとり森をゆき野をゆき霧に行方わかなく
秋の月まどかに澄めばふるさとの発句の翁が軒し忍ばゆ
野に立てば霧いと重し息ぐるし見えざる手ありわが心圧す
森ゆけば酒息すなる白髪の蝦夷に逢ひぬ月の光に
北の海白きなみ寄るあらいその紅うれし浜茄子の花
○
橘りう子(札幌)
わが被くみだれ黒髪今日よりは蛇ともならむかかる恨みに
病みぬれば香の煙のひとすぢに心悲しき思出もする
白雲の山にわけ入り百日夜も神に祈らば君帰り来む
神無月時雨の音数へゐて今日また暮れぬ森に家して
ゆるし給へ相見て笑みし束の間に目盲ひぬされば手ふれむとする
いかにせむかく身顫ふと手をとられ眼くるめき我をわかなく
我が心音もなく泣かゆ何しかもただ言多き君とわかれて
○
田中島月(小樽)
夜もすがら壁のこほろぎ何を泣く冷えし御心とむらひて泣く
秋の空玲瓏として曇りなき君をおもへば心さびしき
うらさびし日も夜もわかぬ暗闇の心をいだき木下いそげば
○
山田西州(旭川)
若草の春山うれし陽炎の童にまじりこころ遊そぶも
うららかに日照り清らに月の照る世としも思ひ寝なば寝なまし
巷ゆき君をし見れば春山の小鹿のごとく心躍るも
花の下月さすなかにたもとほる子よいざ舞はむ袂かへして
○
小高草影(函館)
一片の肉に飢ゑたる黒犬と恋なき我といづれさびしき
みぞれ降る巷々の街頭のひかり薄れて夜はふけてゆく
投稿歓迎……(毎日正午〆切本社石川啄木宛)
[小樽目報明治四十年十月十五日・第一号]
※テキスト/石川啄木全集・第8巻(筑摩書房 昭和54年) 入力/新谷保人