五月から始まる啄木カレンダー
デジタル篇
 
 

 
明治41年日誌 (1908年)
(「啄木勉強ノート」HPより引用)
 
明治41.1.19 小樽を発ち釧路へ向かう
小榑を去りたくないのではない、家庭を離れたくないのだ。
 
 1月19日  於岩見沢
 朝起きて顔を洗つてると、頼んで置いた車夫が橇を曳いて来た。ソコソコに飯を食つて停車場へ橇を走らした。妻は京子を負ふて送りに来たが、白石氏が遅れて来たので午前九時の列車に乗りおくれた。妻は空しく帰つて行つた。予は何となく小樽を去りたくない様な心地になつた。小榑を去りたくないのではない、家庭を離れたくないのだ。
 白石氏の宅へ行つて次の発車を待ち合せるうちに、初めて谷法学士に逢つた。才子肌な薄ツペラな男。午前十一時四十分汽車に乗る。雪が降り出した。
 札幌で白石氏は下りた。二等室の中に人は少ない。急に旅にある様な心地になつて、窓を透かして見たが、我が愛する木立の都は雪に隔てられて、声もなく眠つて居た。午后四時岩見沢に下車、橇を駆つて此姉が家に着く。札幌の妹も来て居たが、夕方の汽車で帰つて行つた。凍れるビールをストーブに解かし、鶏を割いて楽しい晩餐を済ました。此夜は茲で一夜を明すのだ。″雪中行″第一信を二通書いた、日報と釧路新聞のために。
 
 1月20日  於旭川
 曇天。十時半岩見沢発。途中石狩川の雪に埋もれたのを見た。神威古潭で夏の景色を想像した。午后三時十五分当旭川下車、停車場前の宮越屋に投宿。旭川は小さい札幌だ。戸数六千、人口三万、街?整然として幾百本の電柱の、一直線に列んでるのは気持がよい。北海旭新聞を訪問した。
 知らぬ土地へ来て道を訊くには女、特に若い女に限ると感じた。其女は、十六許りの、痩せて美しい姿であつた。
 日が暮れて白石氏も着いた。晩餐を済まして、″雪中行″第二信と手紙数本をかいて就寝。
 
 

 
 
子を負ひて
雪の吹き入る停車場に
われ見送りし妻の眉かな
 
敵として憎みし友と
やや長く手をば握りき
わかれといふに
 
ゆるぎ出づる汽車の窓より
人先に顔を引きしも
負けざらむため
 
みぞれ降る
石狩の野の汽車に読みし
ツルゲエネフの物語かな
 
 

 
明治41年1月19日
小樽を発ち釧路へ向かう
 
 1月19日。啄木、小樽最後の日です。
 
 ところで、上の、小樽を詠った歌(「小樽」関連の歌については、歌集『一握の砂』より引用し、簡単な解釈を試みてきました)の中で、どうして「みぞれ降る…」の歌が入っているのか、疑問に思われた方はいらっしゃいますでしょうか?
 
 気がつかれた方は鋭い…
 
 私も、長らく、小樽を詠った歌は、『一握の砂』「忘れがたき人人」の中で、「かなしきは小樽の町よ…」から「ゆるぎ出づる汽車の窓より…」の小樽駅別れの歌までが「小樽」の歌だと思ってきました。「みぞれ降る…」は、もう小樽を出て岩見沢方面へ石狩平野を汽車で渡って行く歌だと思っていたのです。
 
 でも、ちがうみたいですね。この歌も、れっきとした「小樽」の歌みたい。
 
 同一人物三首の法則および二つの機能をふまえるとたとえばこんなこともわかる。つぎの歌は小樽時代をうたう歌々の最後にすえられた、奇数ページの二首目である。
あをじろき頬に涙を光らせて/死をば語りき/若き商人(あきびと)
 めくるとつぎの四首が現れる。
子を負ひて/雪の吹き入る停車場に/われ見送りし妻の眉かな    192頁
敵として憎みし友と/やや長く手をば握りき/わかれといふに      192頁
ゆるぎ出づる汽車の窓より/人先に顔を引きしも/負けざらむため  193頁
みぞれ降る/石狩の野の汽車に読みし/ツルゲエネフの物語かな  193頁
 192頁からは小樽を落ちて釧路に向かう一九0八年(明治41)一月一九日の歌々が始まる。雪の小樽駅頭に夫を見送る妻の哀愁。めくりの間を伴う場面転換と切断の機能をとを担う歌である。つぎの歌は啄木を殴打してこの日の釧路落ちの因をなした小林寅吉事務長の歌(このことは前から分かっていた)。三首目はとばして四首目の「みぞれ降る」の歌。これがここにあるのは奇妙だと、気づく人もなかったが周到に計算された編集方針を知ると奇妙なのである。一月一九日は大雪の日であってみぞれは降っていない。またこの前後の歌はまだ作者が後志(しりべし)の国にいることを示しているのにこの歌では「石狩の野」を走っている。大雪の日の歌・後志の国の歌で占められるはずの場所に、みぞれの日の・石狩の国の歌が置かれている。これは奇妙である。謎はみぞれが降った日で、啄木が汽車で「石狩の野」を通った日は一九0七年(明治40)一二月一二日しかないことをつきとめると解けてしまう。この日札幌から小樽に帰り、小樽日報社に直行した啄木は小林寅吉に殴られ、退社してしまったのだ。つまり当該歌は殴打事件当日の歌だったのだ。
(「国文学 解釈と鑑賞」2004年2月号より、近藤典彦「『一握の砂』編集の巧緻」)
 
 なるほどねぇ! 「みぞれ降る…」、今の今まで、なんていうこともない、啄木の歌中では普通の1塁ヒット程度に思っていた歌ですけれど、これで俄然、注目の歌になってしまいました。「ツルゲエネフの物語」とは何か?なんてね(笑) 例の殴打事件の真相に直にかかわる、とんでもない価値を帯びてしまいましたね。さらに…
 
 ということは「敵として」から「みぞれ降る」までの一連三首は小林関係歌ということになる。すると別の気妙が現れる。定説では寅吉関係歌がほかに五首あるとされるが、それらはすべて別人の歌ということになる。編集と割付の妙がわかると今まで見えなかったことがつぎつぎに見えてくる。………
 
なんてことまで、わかってくる…いや、勉強になります! 私も、今度札幌に行ったら、古本屋で迷わずに『一握の砂』の復刻版を買おう。昔、日本近代文学館で復刻したシリーズのバラ本がまだ出まわっていたと思う。
 
 小説家・啄木ならぬ、編集者・啄木か… これは面白い。
 
 
 『雪中行』の青空は、次回21日に行う予定です。
 
次回は「1月21日」
 

 
啄木転々
「五月から始まる啄木カレンダー」改題
短歌篇 日記篇
 
絵葉書 / 付:2003.5〜2004.4カレンダー
各12枚組 プラスチック・ケース(スタンド式)入り