五月から始まる啄木カレンダー
デジタル篇
 
 

 
明治四十丁未歳日誌 (1907年)
(「啄木勉強ノート」HPより引用)
 
明治40.9.1 函館大火の混乱続く
人の心は猶鎮まらず、到る所火事の話をきき
 
9月1日
 学校にては学籍簿を焼き出席簿を焼けり、故に先づ第一に生徒の名簿を調製し併で其罹災の状況を調査せざるべからず。乃ち市中各所に公告を貼付して来る四日生徒を公園に集むべしと議決しぬ。かくて予等職員一同は北日午后各区域を定めて貼紙に出掛けたり。予の区域は二十間坂以西山背泊町帆影町に至る西部一円なりき。同行したるは森山けん高橋すゑの二君なり。小使山県は破鏡の如き声して淫らたる話をし、淫らなる唄など歌ひ乍ら其処の板塀、此処の土蔵の壁に公告を貼りゆけり。予等は時に之を督するのみにて打語りつつ其後に従へり。焼跡の細雨一種異様の臭を交へて顔を打ち、帆影町に入りては腐れたる魚の臭に鼻を掩ひつ。人の心は猶鎮まらず、到る所火事の話をきき、到る処焼げ出されたる人を見る。焼け出されて家を失へる一理髪師が、帆影町のとある海辺にて、大道に椅子を置いて客のために髪を刈れるなど、常には見るべからざる面白き光景なりき。さて予等はいと疲れたり。疲れたれども若き女は優しきものなりき。これ大いなる秘密なり、然れども亦美しき秘密なり、若き女の優きは。
 夜吉野君の宅に岩崎並木二君と共に合せり。家にかへれるは一時半なりき。皆共に恋を語れる事常の如し。同じ事同じ様に語りて然も常に同じ様に目を輝かすは面白からずや。
 
9月2日 月
 夜岩崎君宅に会す。神について語り、松岡君が一ケ厭ふべき虚偽の人たるを確かめぬ。岩崎君と吉野君と予とは各々己が故郷を語れり。ああかの山かの水、予等が心は涙を催ほす許り喜べり。追憶語りする許り悲しくて嬉しきはなし。岩崎君は千町の青田を負へる弘前の物語しぬ。吉野君はまた嘗て職を奉じたりし十勝の自然を説けり。予はかの盛岡の学堂にありし頃、友瀬川藻外と共に浅岸の山奥に秋山角弥といへる一教師を訪ひしことを思出でて語りぬ。時は秋なりき、枝豆、キミ、栗、それらの味は中津川の彼方の山に出でし月と共に忘られず。
 サテ話頭いつしかまた恋に入りぬ。友は皆真を語れり、一人松岡君は虚偽を語れり。
 
9月3日 火
 この日夕、松岡君は小樽に向へり。
 

 
明治40年9月1〜3日
函館大火の混乱続く
 
 もしも、啄木の家もこの大火で焼けてしまっていたなら、はたして啄木は札幌方面へ出ることを考えただろうか?とちょっと思ったりします。(焼けてしまったのならば…)あるいは、被災の当事者として「函館の街」の復旧気運の中にとどまり、そのまま函館に残ったりとか、連絡調整のために東京にてきぱきと舞い戻るといった展開もあったかもしれないと考えるのです。なかなか興味深いところです。(不謹慎かな…)
 幸か不幸か、自分の家は焼けなかったので、少しだけ大火の混乱の中にあっても、いつもの恋愛談義や文学談義を別にやめはしない啄木たちではありました。
 
 当時の文学青年たちがそんなに毎晩集まってはいったい何を熱っぽく語り合っていたのか…ということは長らく私の疑問でした。おそらくは、どんな時代の青年にあっても、語り合うテーマや内容にそんなにちがいはないんだよというのが、(もう青年でもなんでもない、ただのおじさんになり果てた)今の私の認識ですけれど、そんな私だって、現役の青年であった頃はけしてそんな風には達観はできなかったです。啄木たちが話し込んでいるのだから、なにか、とてつもなく重要なことなのだろう…とか。(笑)
 
 どことなく、そういう「はてしなき議論の」光景を彷彿とさせるホームページがあります。それが、『白樺の小径』
 
☆〈白樺の小径〉(しらかばのこみち)って、どんなページ…?☆
〈白樺の小径〉は、明治・大正時代の文芸雑誌『白樺』の同人たちの精神の軌跡をたどる、研究覚え書きページです。
 
 今年の「小樽・啄木忌の集い」(小樽啄木会主催)で講演された『心のスナップショット』も収録されています。開放的、明るいイメージで「白樺派」を世に呈示したい…という発想がすばらしい。
 インターネット世界の充実を最近強く感じます。もしも石川啄木がホームページを知っていたなら…、もしも宮沢賢治が…、もしも雑誌『白樺』に集まる青年たちがパソコンを持っていたら…まちがいなくこれをやっただろう!という領域を軽々と実現するホームページが次々と現れてきて、最近の私は嬉しくてたまらない。
 
 9月に入ると、啄木の日記は書き込みがぐっと増えます。この「啄木カレンダー」も負けずにその明治40年9月のスピードについて行こうと考えていますが、その中で、何回かに分けて、こういう新しいホームページの息吹についてもふれて行くつもりです。
 
次回は「9月4日」

 
 
九月、啄木は小樽の街へ…
 
カレンダー価値の減却により、9月からの「啄木カレンダー」は
400円の定価になります。さっさとカレンダー部分を取り外して
単純な「啄木絵葉書」で売れば…というご意見もあるのですが、
スワン社独立の「2003年」を心に刻んで生きていたい想いが
まだ残っているのです。9月一月間、よく考えてみます。<新谷>
 
五月から始まる啄木カレンダー 短歌篇 日記篇
表/カレンダー,裏/ハガキ仕様 各12枚組 プラスチック・ケース入り
定価 各400円(送料共)