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かなしきは小樽の町よ
歌ふことなき人人の
声の荒さよ
 
 



北の沢クロニクルD/ヤンチャ引き
 
 

 ふと、戸が開いた。娘が出て来た。一人、二人、三人、四人、五人。やや遅れてもう一人。六人の娘達は別棟の小屋の脇に一列に並ぶと、腰に手をあてがって何やらもぞもぞしている。次の瞬間、俺は目を疑った。雪よりも白い六つの尻がいっせいに現れたのだ。思わず幹に身を寄せた。高々と腰の位置を据えると娘達は小用を足し始めた。目を覆う暇はなかった。話し声が聞こえて来る。楽しそうだった。やがて彼女達は何ごともなかったようにズボンを引き上げると、笑い声を残して家の中に入って行った。
(峯崎ひさみ「穴はずれ」より/「ヤンチャ引き」)

 松井光三。東京浅草の靴問屋の三男坊。家族からちやほや育てられたのが仇となったか、我儘、堪え性がない。高校卒業後も、家業は務まらず、転職しても長続きしない。博打に手を染め、女にうつつを抜かし、やっと落ち着いた先の不動産屋で使い込みをやらかしてしまう始末。
 「ほとぼりが冷めるまで、茂二のとこでやっかいになってろ」
 長兄にもサジを投げられ、光三は北海道に住む次兄のもとに身を寄せることになった。長い長い「北の沢」への道のり。京極駅を降りてからも馬車に乗り継ぎ、さらに、最後の落葉松林の中の雪を掻きわけてのラッセル行。冒頭の「白い六つの尻」があらわれたのは、小一時間も雪の中を歩きまわった果ての、気が遠くなる寸前のことだった。

 土間いっぱいに女物のゴム長が並んでいる。壁にはジャンパーやカンジキが下がっており、奥から笑い声が聞こえていた。納屋にでも続いているのか片隅に潜り戸があって、隙間から湿った藁の匂いが漂ってきた。
 「ちわーっ」
 (中略)
 「松井茂二の弟で、光三ってんだけど、兄貴いる? あっ、義姉さんでもいんだけど」
 悪いことでもしたように声が小さくなっていた。雪道に慣れた目に家の中は暗く、奥の様子はわからない。
 「おられません。昨日、二人して熱海さ行かれたんです」
 女はさらに戸の陰に身体を隠し、固い表情で答えた。
 「熱海って、あの温泉の熱海」
 「はえ」
 「はえって、ちょっと待ってよ。俺がここに来るってこと、兄貴達、知ってるはずなんだけど。葉書、届かなかったのかなあ」
 俺は眼の裏からまだ消えない尻の眩しさを追い払った。
(同書より)

 茂二夫婦は正月の福引きで当てたカップル旅行に出たばかりだった。雪に閉ざされた「北の沢」で、針学校(裁縫教室)の六人の娘さんと光三との不思議な共同生活が始まる。馬車のおやじが別れ際、「魂胆はちゃーんとわかってるだぞ。うまくやれよ、おい」とスコップのような手でどすんと叩いたのは、こういうことだったのか…
 
*****

 峯崎さんの「穴はずれ」。作品の並びは、「小豆」〜「おとぎり草」〜「種付けの集落」〜「穴はずれ」〜「バイキ!」〜「ヤンチャ引き」と続く。どの物語にも共通構造があって、ひとつは、必ず二重の時間の中で物語は展開されること。つまり、今、私たちが生きている「街」の時間と、かつて私が生きた「北の沢」の時間。
 そして、もうひとつが、「北の沢」の時間配置です。物語は「小豆」の三月卒業式から始まり、「バイキ!」の卒業式前日の事件で終わり、きれいに思春期(中学三年生)の少女の一年間をめぐっています。だから、作品の並び上では、本当は「ヤンチャ引き」(二月〜三月)、「バイキ!」(三月)で終わってもいいはずなのですが、峯崎さんはそこは順番を入れ替えていますね。
 私にはその気持ちがよくわかる。それくらい、「バイキ!」は切ないから。「バイキ!」の、あまりの達成感、絶頂度の極みで本が終わってしまうと、もうこれ以上「北の沢」の物語を続けて行くことが苦しくなるから。そんなことを感じましたね。物語の最後は、「バイキ!」が反転したような「ヤンチャ引き」の恍惚感の思い出で終わった方がいいんだ。明日へのつながり方がちがう。私たちは今を生きているんだもの。
 しかし、この「北の沢クロニクル」では、私は一度だけ、この「バイキ!」で終わる「穴はずれ」をやってみたいとも思っているのです。去年一年間、季節の巡りにあわせて「北の沢クロニクル」を書いてきて、ここで立ち止まってしまったことを思い出す。「ヤンチャ引き」の六つの白いお尻も忘れがたいけれど、でも、豊乃姉の生涯を私も引きずってみたいという想いがどうしても消えないのです。
 
*****

 「ヤンチャ引き」とは、つまり、恍惚感。誰もが秘かに心の底で願っている恍惚の鉱脈が地上に露出している。

 樟脳の匂いが鼻をつく。車座になって娘達が縫い物をしていた。一、二、三、四、五、ホクロの女を入れて六人。どの娘もよく締まった肩や腕をしている。胸だってセーターの編み目が弾けそうに大きい。
 (中略)
 「ねえ、あんた達、誰。何でここにいるの」
 貧乏揺すりをしながら俺は娘達を見渡した。ストーブの上で湯が煮えたぎっている。
 「はえ、おら達、皆、この沢のもんです。毎年、冬の間だけ、ここさ泊まり込んで、針先生に裁縫ば習ってるんです。松井さんは出稼ぎに行っちまうから、針先生、おら達と一緒の方が心強いってゆってくれて」
 ホクロの女がお茶を入れてくれながら答えた。
 「ここさ集まるの楽しみに、おら達、夏の間、畑仕事、頑張ってるんです」
(同書より)
 
*****

――来春早々、北の沢がダムに沈むことになりました。つきましては、来る十月二十日、故郷に別れを告げる会を計画しております。森林組合と役場のご好意により、駅前から北の沢集乳所跡までマイクロバスが出ますのでご利用下さい。暖冬の影響もあってまだ雪の心配はないと思われますが、足元に十分気をつけてお出掛け下さいますように。
 平成十年九月吉日。北の沢ゆかりの会代表・佐藤真知子
 さっきから俺は、何度もその葉書を読み返していた。
(同書より)

 「ヤンチャ引き」を最後に持ってきた、もうひとつの意味。それは、この小説「穴はずれ」の中で、「北の沢」物語をきれいに終わらせること。

 水の底の「北の沢」。もう、みんな、夢の中の遠い思い出。けれど、手で掬えそう。
 

 
 峯崎ひさみ氏の小説「穴はずれ」。収録作品は、「小豆」、「おとぎり草」、「種付けの集落」、「穴はずれ」、「バイキ!」、「ヤンチャ引き」の6作品。奥付の著者略歴には、「峯崎ひさみ (みねざき・ひさみ) 一九四七年、樺太豊原市生まれ。北海道育ち。美容師、健康飲料販売員、食品会社勤務などを経て、文芸同人誌『MIDORI』に、「針」「影踏み」「雨の牛宿」「約束」などを発表」と記されています。