氷点
《小樽の街を歩こう・第9回/短大図書館だより2001年7〜8月号》
 
 
 微風に乗って潮の匂いがした。小樽港は三、四丁先にあるはずだった。徹は色内町に下るゆるやかな坂道の歩道に立ちどまって、どうしようかとまだ迷っていた。六月初めの午後の陽が肩に暑かった。(続氷点)
 
 意外に知られていないのですが、『氷点』には<小樽>の街が何度か登場します。登場するのは主に『続氷点』。札幌の<北大>風景や北大生の生活などと並んで、『続氷点』の大きな主低音を形作る重要なキーワードです。
 小説中には、「これから小樽に行ってみる…」とか「小樽から休日に出てきた…」といった表現がよく使われます。こういう時、北海道に住む私たちは、旭川−札幌−小樽間のだいたいの位置関係がわかっていますし、その「昭和三十年代」の時間的な・距離的な感覚もだいたい想像した上で小説を読んでいるのですけれど、この点、東京の人なんかはどういう風にこの『氷点』を読んでいるのかなあと思うことがよくありますね。おそらく、そういうことには頓着せず、純粋にドラマ展開の面白さで読むのだと思いますけれど、それはそれで、不思議な『氷点』の世界だと感じます。
 
 
 <小樽>が登場してくることなどがあまり知られていなかったるするのは、やはり、テレビドラマや映画の方で『氷点』を観て、それで、『氷点』は読んだ…知ってる…と思いこんでる人が多いからかもしれません。
 ちょっともったいないことではありますね。(『続氷点』はともかく)小説の『氷点』は、日本の小説史の中でもベストテンに入るかもしれないくらいの圧倒的に面白い小説なのに! この本こそ「騙されたと思って読んでごらん…」という台詞がぴったりの本です。
 
 小説の完成度として、あまりにも『氷点』の方が優れている。各キャラクターの個性が魅力的に爆発しぶつかり合う『氷点』に比べると、どうしても『続氷点』はパワーが落ちます。『氷点』のようなドラマチックを期待して読み始めると、ちょっと肩すかしを食ったような気分になるかもしれません。
 
 『続氷点』。主人公の陽子も北海道大学の学生になり、物語の舞台も旭川から札幌の生活の方へ移ってきて、「ひつじが丘」とか「小樽」とか、それなりに(東京の人なんかにはとてもわかりやすい)観光アイテムも増えていますし、細かいエピソードにも事欠かない。けれど、かえって、そういう仕掛けのふんだんさは、『氷点』をバックで一本支えていた背景、旭川「見本林」の凄みを際立たせるような結果になってしまったと感じます。
 
 
 さて、久しぶりのテレビドラマ化、『氷点2001』。浅野ゆう子の「夏枝」さん、どうでしょうね。「陽子」役の末永遥… はたして、現在50歳以上のおじさんたちの心に焼きついている永遠の陽子、「白馬のルンナ」内藤洋子を越えることができるでしょうか。(ルンナを越えるのは、「鬼束ちひろ」である!という説もある。これ、意外と当たってるかもしれません…)
 
 
三浦綾子全集 第1巻 (主婦の友社)