穴滝・オタモイ
《小樽の町を歩こうB〜C/短大図書館だより No.38〜39》
 
 
 今月号〜次号の2回にわたって菅原靖彦さんの『札幌・小樽ゆったりハイキング』を紹介します。小樽近郊のハイキング本としては、誰もが認める定番中の定番といえる本。小樽に帰ってきた7年前から今まで、ついに、これを越えるハイキング・ガイドは現れませんでした。これからも当分はこの王座を譲り渡す本はちょっと出ないのではないかと思いますね。
 
 
 「穴滝」の存在もこの本で知りました。
 
 でも、この本を読んで即行った一回目は失敗でした。すでに夏休みに入っていて、夏草が生い茂り、「穴滝」へ通じる最後の林の中の道がもうわからなくなってしまっています。それくらいには人気のないところです。よく観光地にあるような自然遊歩道みたいな場所ではありません。けっこうハードです。北海道によくある「熊に注意!」標識も、ここでは笑って見過ごさない方がいいでしょう。
 
 幻の「穴滝」にたどりついたのは翌年の五月でした。連休の頃です。山に残っていた最後の雪もさすがに融けて、けれど、木々に葉はまだあらわれてこない春先が「穴滝」探検にはじつはベストの季節だったのですね。(このアイディアは、第1回で紹介した『鉄道廃線跡を歩く』からいただきました。廃線跡トレッキングも、下草が生い茂ってこない、レールの跡が確認できる春先が勝負とのことです。)
 
 「穴滝」は、「小樽通テレビ・チャンピオン」や「小樽探偵団」を自称する人ならば、絶対に押さえておかなければならないアイテムのひとつでしょう。寿司を食べ、運河の写真を撮って、きれいなガラス工芸品を買うだけの「小樽」ではまだまだ甘い。「オタモイ」や「穴滝」のような、こんな「小樽」もあるのだということを知っているのといないのでは、その「小樽」理解の奥行きが全然ちがうと思います。(ちなみに、私は、「穴滝」に行ったことがない小樽市民が語る「わが街・小樽」話は一切信用しない。)
 
 
 菅原靖彦さんの『札幌・小樽ゆったりハイキング』に紹介されているハイキング・コースは、当然のことながら山歩きコースが主体です。ただひとつ、この「オタモイ海岸」コースを除いては…
 
 「オタモイ海岸」コースをなんと表現すればいいのでしょうか。文字どおり「海岸」自然探勝路なんですけれど、その歩きは「山道」なんです…というか。小樽市の西側の地域は、海岸線に沿って断崖絶壁が続いています。その断崖の縁のあたりを、ある時は海岸線の方に降りて行ったり、ある時は山(赤岩という山です)の方へ上って行ったりする探勝路なので、普通に私たちがイメージする「海岸線」とはかなりちがいます。日本の国土の中でも、そう、どこにでもあるというものではありません。そんな風景が小樽駅前からバスで20分のところに広がっていることに、当の小樽市民は意外と無頓着なんですね、これが。
 
 「赤岩」に登ってみたとか、「オタモイ海水浴場」で泳いだとか、あまり小樽の人から聞いたことがありません。不思議です。わざわざ積丹(しゃこたん)半島まで車で行かなくとも、積丹と同じ景観美が自分たちの住んでいるすぐ側に広がっているのに、なんとももったいない…というか、おおらかというか。でも、こういう「海」っていうのはいいですよ。泳いだり、船に乗ったりする「海」もいいけれど、断崖のテーブルリッジに腰掛けて遥か眼下に見おろす夏の「海」なんて、最高です。せっかく小樽の街に暮らしているのだから、だまされたと思って、一度歩いてみてください。
 
 「唐門(からもん)」側から探勝路をスタートすれば、終点は祝津の天望閣ホテルです。海を見ながら、疲れを癒して温泉に入るのもよし。水族館のトドのショーも追分記念碑のところから見えますよ。映画『喜びも悲しみも幾年月』の舞台のひとつ「石狩燈台」も遠くに見え、なんとなく、こんな風景を見ていると昭和三十年代の「小樽」にタイムトリップしたような気持ちになります。夏の海がはるばると広がる、こんな「小樽」、あったよなぁ…
 
 
『札幌・小樽ゆったりハイキング』菅原靖彦[著](北海道新聞社)